言葉は変わってゆく

時代とともに話し言葉は変わっていくものです。
それが何百年も変わらずに通じるものと、そうでないものに分かれるけれども。

今でも千年以上前の古典を読んで、何となく意味が分かるのはすごいことだと思います。
まだ学生の頃、教育学部の講義で「国語学」なるものを聴講しました。
内容は、覚えていませんが、ノートはまだ残っていると思います。
その講義の中で、夏休みのレポートが出され、その時にまとめたのが記憶に残っています。
レポートの課題は
「あなたが考える現代の国語教育の課題」のようなものだったと思います。
普段から周りの人の言葉の使い方に、違和感があった私は、そのことについて検証し、まとめることにしました。
40年も前のことなので、うろ覚えですが、こんな感じだったと思います。

「ら」抜き言葉についての考察

昨今、若者の間で「ら」抜き言葉が使われ始めている。

「食べられる」というのが正しいが、「食べれる」と表現する。
「寝られる」を「寝れる」
などである。

辞書によると「れる・られるの助動詞は、受け身・尊敬・自発・可能の意味をあらわすもので、その場に応じてそれらの意味を含めて使われる。
この助動詞は、動詞の活用形に接続し、活用に応じて「れる」が付いたり「られる」が付いたりするきまりである。
「れる・られる」はともに動詞の未然形に接続する。

動詞の活用形によって「れる」が付いたり「られる」がついたりする

動詞の活用形によって「れる」が付いたり「られる」がついたりする。
文法上はそういう決まりになっている。

五段活用とサ行変格活用には「れる」がつく。

【五段活用】
例を挙げると、「行く」の活用は、
ないー行ますー行ー行ときー行ばー行

活用語尾が、か・き・く・く・け・こ と変わるので五段活用。
だから
「行く」には助動詞の「れる」がつく。
未然形につくから、「行かーれる」となる。

【サ行変格活用】
「愛する」の活用は、
ない―愛ます―愛する―愛するときー愛ばー愛

活用語尾が、さ・し・する・する・せす・せ・そ と変わるのでサ行変格活用。
だから
「愛する」には助動詞の「れる」がつく
未然形に接続するから、「愛さーれる」となる。

上一段活用、下一段活用、カ行変格活用には「られる」がつく。

【上一段活用】
「着る」の活用は、
ない―ます―きるきるときーきれば―きよ

活用語尾が、き・き・きる・きる・きれ・きよ と変わるので、カ行変格活用。
だから
「着る」には助動詞の「られる」がつく。
未然形に接続するから、「着ーられる」となる。

同様に
【下一段活用】
「食べる」の活用は、
ない―食ます―食べる―食べるときー食べればー食べよ

活用語尾が、べーべーべるーべるーべれーべよ と変わるので、下一段活用。
だから
「食べる」には助動詞の「られる」がつく。
未然形に接続するから、「食べーられる」となる。

【カ行変格活用】
カ変の動詞は「来る」
この動詞は、語幹と活用部分が一緒である。
「来る」の活用は、
ない―ますーるーくるときーくればーよう

「来る」の未然形「こ」に「られる」がつく。
だから「こーられる」となる。

間違った使い方の例

間違った使い方の多くは、「られる」と使うべきところに「れる」を使うことで、
〇食べられる(食べることができるの意)
×食べれる

〇着られる(着ることができるの意)
×着れる
などがある。

なんだ、普段使っているじゃないかと言われればそれまでで、言葉は変化していくものだから、多数の人が使用すればそれが慣用的な言い回しとなってしまう。
間違っていると問い詰めたり、直させたりしようとしても無駄である。

「ら」抜き言葉についての新発見!

ここまでなら、誰でも知っていそうなこと。
ブログに出して公表する意味はないです。
ここからが、新説です。

「~できる」という意味で「行かれる」
について考えます。

「行く」は、五段活用ですから、その未然形に「れる」がついて「行かーれる」になります。

「熱が下がったから、明日は遠足に行かれる。」
というように使います。
でも、
「熱が下がったから、明日は遠足に行ける。」
とも言います。

実は、「ら」抜き言葉は、この法則を守って使っているのです。
でも、
「行かれる」→「行ける」
は、「ら」抜きではありません。

でも、ローマ字に直すと、わかります。

「行かれる」・・・I KA RE RU
赤いマーカーの ARを取ると、I KE RU
「行ける」になりました。


「抜く」
サッカーや野球、長距離走などで「抜かれる」ことがあります。
「抜く」は、五段活用です。
だから、抜くことができるという時には、「抜く」の未然形に「れる」をつけます。

「抜かれる」になります。
ローマ字に直します。
NU KA RE RU
ARを取ると、NU K E RU
「抜ける」になりました。

このように、慣用的に使われている言い回しを習って「ら」抜き言葉は形成されていったと思われます。

ボールをけるの「蹴る」は、五段活用です。
活用が、らーりーるーるーれーれーろ です。

だから可能をあらわす助動詞は「れる」がつきます。

「蹴ることができる」「は「蹴られる」が正しいのです。
ローマ字に直します。
KE RA RE RU → KE  R E RU
「蹴れる」になりました。

「読む」も同じように、「読まれる」が正しく、今では、受け身の意味で多く使われますが、多くの人は「読むことができる」という時に「読める」と言います。

YO MA RE RU → YO M E RU

この法則を使って、間違った「れる」を付けたわけが説明できます。

「食べられる」
TA BE RA RE RU→TA BE R E RU
たべられる → たべれる

「寝られる」
NE RA RE RU→NE R E RU
ねられる → ねれる

「寝ることができる」という意味の「寝れる」は、もうすでに多くの人が使っていますね。
尊敬の意味では、まだ「寝られる」が正しいようですが、、、。

おわりに

スゴイ発見でしょ?
40年前の偉業?
ことばは、流動的なので、そのうち「可能」の意味の助動詞は、全部が「れる」になってしまうかもしれませんね。
ちょっと悲しいけど、まあいいか。

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