先生について

わたしは、その人を先生とよんでいる。
別に、学校で習った教師でもないし、お世話になった人でもない、政治家ではないし、医者でもない。実際に会ったことがなく、言葉を交わしたこともない。
それでも、わたしにとっては、ただ一人の師であり、先生である。

先生はわたしが生まれる40年以上前にこの世を去っている。
こどものころから、その名前は聞いていたが、その著作に触れたのは20歳を過ぎてからだ。

先生のどこがいいのかを、自分で考えてみたことがある。自分もそんな生き方をしてみたいと思ったから。

先生は学校の先生をしていたこともあり、先生を慕って多くの若者が先生の家を訪れた。
訪問者があまり多すぎて、自分の仕事がままならなくなったので、木曜日だけに限定し、その日は訪問してくる若者たちのために確保した。これが「木曜会」である。

木曜会には、文学を志す者だけでなく、将来有望な若者がたくさん訪れた。
先生を心酔しすぎて、先生が抜いて机に置いた鼻毛を貰っていくような輩もいたほどだ。

木曜会では、文学の話だけでなく、科学や日本のこれからのたどるべき道などについて話されたに違いない、その様子は、そのままではありえないが「吾輩は猫である」に描かれているらしい。らしいというのは、まだ全部を読破していないので、らしいである。

先生は、頭脳も感性も優れていたに違いないが、目上の立場から学生たちに自分の考えを押し付けないところがいい。立派な肩書を持つような人に限って、若い人に高圧的だったりする傾向があるが、先生はそんな料簡の狭い人ではなかった。
だからこそ、将来有望な俊英たちがこぞって門をたたいたのだと思う。

中には、先生に無心をしてくる弟子もいて、迷惑したに違いないが、訪問者が多いだけでも、結構な散財になるはずだから、いつも家計はピンチだったとある。

門下生は東京の出身のものはそう多くないから、地方の名産や旬のものがたくさん先生のもとへ届いたと思う。先生は食いしん坊で、よくジャムをなめていたという。わたしも若いころ、先生をまねてよくジャムをなめていた。
晩年、糖尿を患うことになりのも、食いしん坊だったからに違いない。

50歳で先生は亡くなってしまったが、写真ではずいぶん老人に見える。
神経がこまやかなので、胃の病気になったのか、潰瘍なんていうつまらない病気で亡くなってしまった。
当時の人は人生50年と思っていたから、50年位しか生きられないのかもしれない。
わたしは、150まで生きると思っている。これから医学が進歩し、自分の細胞を培養して自分に合った組織を作り、移植する技術が確立するだろうから。

先生は、30代の頃英国へ渡って、英語教育の勉強をした。
文部省の官費留学生だから、いろいろな制約もあって大変だったと思う。
先生は英語教育ではなくて英文学について研究しはじめてしまったし、学校もむだだからやめて、必死に勉強して、ノートにハエの頭くらいの小さな字をびっしり書いて、しまいには「夏目狂せり」
といわれて、日本に戻されたという経緯がある。
英国に行ったときにはもう結婚していたが、奥さんに温かく心のこもった手紙を書いている。寂しくて、会いたいなんて言う気持ちも吐露されていて、じつにほほえましい。
文豪ともなると、プライベートな手紙でさえも印刷されて万人に読まれててしまうのだからたまらない。

日本に戻されてからも大変だったに違いない。当時洋行して勉強してきたなんて言う人はごくまれだったから、お金を借りに来るような親戚が急に増えたかもしれない。

先生が、英国の町を歩いていると、前から小さな人が近づいてくる。しばらく行くと、その正体はショーウィンドーに写った自分の姿だった。という逸話があるが、先生は身長が低かったから、背の高い英国人の中でずいぶん窮屈な思いをしたと思う。

おまけに、顔には疱瘡の後遺症のあばたがたくさんあったから、なおさら嫌な思いをしたに違いない。近代化していない国の、種痘を受けていない小さいサル。と思われても仕方がないから。

以前発行されてなじみ深い1000円札の先生の顔には、あばたは写っていないが修正されたものだろう、それを見て先生はどう思うだろう。
「私を日本国の紙幣の顔にするなんて馬鹿げてはしないか?」
「この肖像画は、自分には似てやしないな。別物だ。」
とでも言いそうである。いやきっと言う。

先生には、娘が5人息子が2人いて、この子たちも孫たちも、立派な仕事をしている。一番下の娘の雛子は、生まれて間もなくなくなってしまったが、この子が一番かわいかった気がすると言っている。

夏目房之介という物書きも先生の孫だが、どことなく先生を髣髴とさせる顔つきなのが面白い。房之介のお父さんは先生の子どもの純一で、職業がバイオリン弾きだ。
先生の本名「金之介」と似通っている事と、孫であることで、嫌なこともたくさんあったろうと推察できる。

自分の先祖や祖父、父親が立派過ぎると比較されてしまって、かわいそうに思える。自分は、そんなことが全くないから、先生のように胃が痛くなったりしないのだと思う。

わたしにも5人の娘と2人の息子がいるが、一人の息子は若くしてこの世を去った。
どれも、性質はよいがみな凡庸で、とても先生のご子息ご令嬢のようにはいかない。
やはりDNAの違いなのか。

わたしは、英国かぶれの漱石かぶれであるが、全くそのことを恥じてはいない。
犬の名前もヘクト―という名前にしたかったほどで、口ひげを蓄えたのも、真似である。
そして、わたしは今日も、こっそりと、家人の目を盗んでジャムをなめるのである。

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先生について” に対して4件のコメントがあります。

  1. BLACK EYE より:

    自分は「先生」については何も知らないですが、毎日を駆け抜けるかの様に生きつつも、色んな病気に苛まれたのでしょうね…

    でも、「先生」の熱意はいつまでも冷めることはないのでしょう。

    ガンジー「明日死ぬかのように生きよ。
    永遠に生きるかのように学べ」

    1. match より:

      自分の先生は漱石先生ですが、BLACK EYE 産の先生はだれですか?

      1. match より:

        産が間違っていました。正しくは さん でした。

        1. BLACK EYE より:

          …自分の目の前に現れる、全ての事象が「先生」です(笑)

          だから、ずーと生徒ですねww

          中二病全開ですwww

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