私的教育論①【思いやりの大切さ】

うちは裕福ではなかった。
昔は、今と比べたら日本国民がほとんど貧しかったから、まだよかったけれども、給食費や学校の集金日に間に合わない事がたびたびあって、困った思い出がある。

アフリカで子どもたちに知識を伝え、勉強する喜びを味わわせたい

「給食費を忘れました」という本意

大人になった今なら、
「ウチに今お金がないから、給料日の後に払うって言ってました。」
なんて、先生に言うのは簡単に思えるけれども、当時子どもだった自分には、言えなかった。
だから、
「忘れました。」と答えていた。

心ある先生なら、子どもの気持ちを汲み取って、
「じゃあ、明日忘れずにね。」
「もし、持ってきたら、なくさないように、朝一番で先生に渡してね。」
というだろう。

自分も教師の時には、特に気をつけていた。
子どもには、努力してもどうにもならない事だから。

中学の時には、
「忘れました。」
と答えたら、
「じゃあ、今とってこい。」
と言われた。なんてデリカシーのない人だろう。
自分に家族がいなかったら、殴りかかっていたかもしれない。
教師の中には、意地悪な人もいて、平気でナイーブなところを突いてくる。

自分はぜったいにこんな人間にはならないと心に決めた。

さらし者になった時の気分は?BLUE

同じ教師に、ギョウチュウ検査の結果を、みんなの前で笑われた。
「おめでとう!甘い薬が飲めるよ。」
その先生は、へらへらして、みんなに私がギョウチュウ卵が陽性であることを吹聴した。
おめでとう?
周りの友だちも苦笑していたと思う。

「先生はみんないい人間ばかりではない。」
と、子どもながらに思った。
普通はかげで呼んで、その後の処置や薬の事を伝えるべきでしょう。

自分ではどうにもならないこと

また。こんなこともあった。
小さいころから、耳が悪かったのか、三半規管が訓練されていなかったからなのか、乗り物が苦手だった。
電車はまだよかったが、バスが苦手だった。
バスに乗ると、あの排気ガスの匂いや、バスの座席のビニールの匂いで、もう気持ち悪くなってしまう。

バスの遠足では毎回吐いた。
せっかく母親が作ってくれた弁当が、ゲロになった。
だから、遠足の前はいつも気分がブルーだった。まさしくブルーディ。

修学旅行なんて、最低だった。
何しろ遠くまでバスで行き、見たくもないものを見せられて、またバスに乗る。
バスに乗っては吐き、バスを降りては吐いた。
今でも、バスに乗ったら、必ずゲロ袋持参でないと怖い。

これも中学生の時、心ない先生がまたまた担任で、わたしがバスの中で、ビニール袋にもよおしていると、
「キタネエなあ。」
「中学にもなって、だらしない。」
と、吐き捨てるように言ったのを今でも忘れない。

自分が先生になって、遠足や修学旅行で、バスを使う時には、心底自分の弱さを恨んだ。

でも、バスに乗って気分が悪い子や、吐いてしまう子の気持ちが痛いほどわかったから、自分も吐きそうになりながら、気分がすぐれる方法を教えた。

窓を開けて、新鮮な風を入れて、少し薄着にならせて、首元はボタンを外して窮屈にならないようにした。
「いつ吐いてもいいんだよ。」
と伝えると、乗り物に弱い子どもたちは、安心できた。
自分はいつ吐いてもいいように、すぐに取り出せるところに袋を準備していた。

思いやりのある人になりたい

子どもの頃に屈辱的な体験をしたのはこれくらいだけれども、自分よりももっともっと苦しい思いを経験した人が、この世にいると思う。
そんな人を増やさないように、いつも思いやりを持って、教育実践してきたつもりだが、たぶん失敗も多くしている。
もっと人の気持ちを察する力を養わねばと、思う。

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私的教育論①【思いやりの大切さ】” に対して7件のコメントがあります。

  1. BLACK EYE より:

    …自分も、小学校低学年の頃、給食費持って来れなくて恥ずかしい思いをした記憶。

    自分は四人兄弟の中でも年が離れていて遅くに生まれ、授業参観の時に母親が来て同級生に「あの人、あなたのおばあちゃん?」って言われて…母親は大病を患った事も有りシワが増えてて…なんだかくやしかつたなぁ。

    …でも、そんな母親が大好きだった。

    1. match より:

      うちの母ちゃんは、化粧っ気がなくて、たまにしても不細工でした。だから授業参観に来られると嫌でした。
      2回くらいしか来なかったと思います。自分が嫌がるから。
      親の気持ちとしては「来なくていい」といわれるのはつらいでしょうね。

      1. BLACK EYE より:

        …そうですね。親心をすぐに理解出来る子供なんて居るのかな?

        小1の頃かな?野球好きな親父が「キャッチボールしよう」って言って外に連れ出しゴムボールでは無く、軟式のボールで大人の力で投げるものだから怖いし手が痛いで坂へ転がったボールを拾いに行くフリして逃げた事が有ります。

        家に恐る恐る帰って…親父は普通にテレビを見てましたが、それ以来「キャッチボールしよう」とは言われませんでした…悪いことしたな、とは思いました…

        野球は嫌いです。

        1. match より:

          自分も、25歳まで親父のすねをかじっていましたから、悪いことしたなと思っています。
          教科書やら勉強に必要だという名目で、カードを使って毎月何万も使っていました。
          親父は、学校を出ていなかったから、知らないのをいいことに、毎日、本を買っていました。
          カードで。

          1. BLACK EYE より:

            親や先生に対して子供が「ごめんね…」と思えるのも子供の特権かもしれません…

            自分は…まだまだ修行が足りなすぎて涙しか出ません。

          2. match より:

            そんなことないと思います。
            辛いことを経験している人ほど、人にやさしくなれるものです。
            自信を持って、自分なりの精一杯を表現していけばいいと思いますが、、、。

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