人は慣れる生き物?【少しずつ変わっていく嗜好の不思議】

子どもの頃は、美味しかったものが大人になると全然美味しくないものがあります。
また、それと反対に、子どもの頃からずっと美味しいものもある。
この変化は何だろうと考えます。

よくよく考えると「慣れ」が作用しているのではないかと思いました。

①アルコール飲料の場合

アルコールは、40過ぎになるまで、ほとんど無縁でした。
たまに食事に行ったりもしますが、ビールを頼んだりもしない。
正月に酒を飲むこともありませんでした。

ワインなんかは、ただ酸っぱくておいしくなかったし、ウイスキーはコーラに入れても匂いが嫌でした。
日本酒は酔っ払いのおじさんの匂いがしました。
ビールは、苦いだけ。

40を過ぎて、だんだんに飲めるようになりました。
暑い日の夕暮れに、缶ビールをプシュ!
そんな楽しみもわかるようになってきました。
はじめは350㎖の缶ビールも全部は飲めませんでしたが、今は500㎖の感を何本も飲めるようになっています。

おまけにIPAがいいとかギネスがいいとかちょっと知ったようなことを言い出します。

ワインも同様です。
はじめは小さなワイングラス一杯でも無理でしたが、今は夫婦で白と赤を2本開けられるようになっています。

自分の限界のアルコール量は100㎖です。
それ以上飲めば、訳が分からなくなります。
飲んだ量もわからず、翌日に気持ち悪さを残す。

アルコール100㎖というと、ビールだと5%程度ですから2ℓ。
ワインで14%とすると750㎖くらい。
日本酒もそれくらい。
ただ、飲んでいる時間や体調によっても異なりますが、、、。

40代の頃、ちょっとすさんだ気持ちになって、酒の量が多くなったことがあります。
そのころは500㎖の缶ビールを2本飲んで、ワインを半分くらい飲んで、ウイスキーやバーボンを飲んでいました。
もちろんロックです。
つまみはビーフジャーキーやナッツなど味の濃いもの。
ビールのつまみは唐揚げや角煮など、、、。

これじゃ体壊しますね。
健康診断では体重はそれほどではなかったですが、内臓脂肪がすごかったです。
血液の中性脂肪が500という数字を越えていました。
医者も驚くような数字です。
もちろん要精密検査でした。

痛風と中性脂肪、高血圧で5~6年くらい薬漬けでした。
薬はやめると怖いのでなかなかやめられませんでしたが、なかなか数値が変わらないので、思い切ってやめました。
止めたきっかけは、トレイルランの大会に出た時です。
血圧の薬と痛風の薬を飲んでいたせいなのか不明ですが、走ってもドキドキしなかったので、ずんずん走れました。
心臓がどきどきしているのに、血圧が上がらない感じで、怖くなりました。
それで薬は中止。

その後はもう飲んでいません。
体は自分の調子が良いように調節しているはずだと思って、、、。

アルコールも慣れ、薬も慣れでしょうか。

②甘い飲み物の場合

小さい時から甘いものが大好きでした。
特にカルピス。
思いきり濃くして、ある程度飲んでからまた薄めて仕上げに飲む感じでした。

炭酸飲料も大好物。
子どもの頃瓶のコーラやスプライトが販売機で売られていました。
500㎖入りのものです。
まだ、ペットボトルがないことのお話。
値段は1本80円くらいだったでしょうか。

夢中で飲みました。
お小遣いをもらった日には、豪華に2本とか。

これも慣れで、どんどん飲めるようになります。
今は甘い飲み物は、たまにしか飲みませんが、若いころは砂糖入りの飲料を始終飲んでいました。

コーヒーや紅茶にも砂糖を入れていましたね。

③コーヒー・紅茶の場合

コーヒーや紅茶も甘くして飲んでいましたが今は、全く砂糖などは入れません。
ネスカフェのインスタントコーヒーを薄く入れて砂糖を入れて飲みました。
20代までは、そんな感じ。
喫茶店に行っても本当のコーヒーの味が分からなかったので、ブラックは注文しませんでした。
主にアイスコーヒーばかりです。
ガムシロップをたくさん入れて、、、。

これが、今はコーヒーの粉を買ってきて、ペーパーでドリップして飲むようになりました。
大人になったものですね。
フレンチプレスだともっとおいしい。
きちんと時間を測って飲むフレンチプレスのコーヒーは美味しいものです。

さらに今度は生豆を買ってきて、自分でローストしようという魂胆です。
ローストした手の豆を粉にして、飲む。
最高ですね。
幸い近所(といっても往復1時間かかりますが)に生豆をたくさん置いている店があります。
珈琲問屋という店。

焼きたてのおいしいコーヒーが飲める 珈琲問屋の店舗案内 | コーヒー通販サイト 珈琲問屋オンラインストア (tonya.co.jp)

紅茶も、同じように、昔は砂糖をたくさん入れて飲みました。
ストレートの紅茶の味が分からなかったのですね。

今ではせいぜいミルクを入れるくらい。
アッサムやダージリン、アールグレイなど、楽しみの幅はコーヒーにも負けませんね。
どの世界にも奥深いものがありますから。

今はアールグレイが大好きです。
もちろんアイスで飲むのが美味しいのですが、ホットでも十分。

④住むところの場合

10平方メートル

小学3年生までは家族4人で、一部屋のアパートにいました。
6畳の広さでした。
キッチンは半畳。
トイレは部屋にはなく、冷蔵庫もなし。
もちろん炊飯器もなしです。
風呂もなし。
そんなアパートでしたが自分としては狭さを感じませんでした。

25平方メートル

3年生から18歳までは、6畳が二つの借家でした。
家族は5人。
台所が2畳。
トイレも家の中にあり、風呂もありました。
引っ越した時には豪華な感じを受けました。
軒先には自転車を置く場所もありました。

50平方メートル

18歳から24歳までは、借家を2件借りていました。
弟と私で1軒の借家に寝ていました。
食事は母屋に食べに行きます。
広さが倍になりましたから快適です。
自転車も室内に保管できました。
このころになると物が増えて来て元の6畳一間には戻れません。

150平方メートル

25歳から公団の賃貸に引っ越しました。
家族はまだ5人。
間取りは5LDK、キッチンにもテーブルが置けて、5人で食事ができました。
お客さんが来ても自分たちの部屋に行くことができました。
モノがさらに増えてきました。

80平方メートル

結婚して、テラスハウスに引っ越してみると、これは狭い。
部屋は3つありましたが、狭く感じました。
唯一よい所は冷暖房がすぐ効くこと。
自転車を置く場所に困りました。

50平方メートル

テラスハウスはお金がかかるので職員住宅に移りました。
家賃は激安でしたが、部屋は6畳が二つ。
ここに夫婦と子ども5人が住みました。
狭かった!

230平方メートル

40歳で家を建てました。
8畳の部屋が5つと16畳のダイニングキッチン。
ガレージに車が2台入りました。
庭もなかなか広くて、クルマが縦列で4台。
家の前にも2台置けました。
広くなると、また荷物がふえます。
どんどん狭いような気がしてきます。

これも慣れです。

330平方メートル

今は14畳の部屋が3つと12畳の部屋がひとつ。
2階は40畳くらいのロフトになっています。
階下には4畳くらいの物置があり、物置の前は広い薪置き場です。
テラスが12畳と6畳。
ここでBBQができます。

昔と比べたら、御殿です。
でもまだまだ狭い感じです。
もっと広い物件にすればよかったとは思いますが、寒い時期はなかなかあたたまりません。
慣れは恐ろしいですね。

だんだんにそれが当たり前になってきて、、、。

昔の貧しい時代を思い出せば今の生活なんて、王様のようです。
ボタン一つで湯が沸き、電話でライトを付けたり、空調をON/OFFできる。
24時間開いている店もあるし、、、。
みんな貧しいころのことを忘れて安楽な生活に浸りきっていますね。
その分、食べ物のありがたみや、暖かい部屋の幸せ感は薄れます。

慣れにどっぷりつかってわがまま放題をしないようにしたいです。
今の経済的な範囲内で、十分幸せがあるはずです。
時間を大切に、いつも自分を振り返って、
「これでいいのか?」
と自問自答
して暮らします。

でも2年に一度くらいは、馬刺しを食べに行きたいですね、、、。

今のログハウス・・・過去ブログはこちら
未完成のログハウス【我が家】
未完成のログハウス【その後】

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